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岐阜地方裁判所 昭和63年(ワ)277号 判決 1991年12月18日

岐阜市日光町八丁目三九番地

原告

入来院正巳

右訴訟代理人弁護士

廣瀬英雄

右輔佐人弁理士

恩田博宣

東京都田無市向台町四丁目二〇番八号

被告

武蔵野機工株式会社

右代表者代表取締役

荻原五朗

右訴訟代理人弁護士

吉武賢次

神谷巖

主文

一  被告は、別紙(一)イ号物品目録記載の製品を製造し、販売し、販売のための展示をしてはならない。

二  被告は、その占有する別紙(一)イ号物品目録記載の製品、半製品及びその製造のための金型を廃棄せよ。

三  被告は原告に対し、金五六万二四二八円及びこれに対する平成三年九月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告の被告に対する平成三年九月二六日から別紙(一)イ号物品目録記載の製品、半製品及びその製造のための金型を廃棄するまで一か月二万九三一四円の金員の支払いを求める請求を却下する。

五  原告のその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  主文一、二項と要旨。

2  被告は原告に対し、金一一七万一三九六円及びこれに対する平成三年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払い、かつ、右同日から別紙(一)イ号物品目録記載の製品、半製品及びその製造のための金型を廃棄するまで一か月三万九三一四円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の特許権

(一) 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有している。

特許番号 第一四五二四二二号

発明の名称 土砂流出防止用排水フィルター

出願 昭和五六年八月八日

出願公告 昭和六二年五月二一日

登録 昭和六三年七月二五日

(二) 本件発明は、道路の側溝、傾斜地、河川などのロンクリートU字溝や擁壁に設けられる排水孔に取りつけられ、U字溝や河川に土砂が流入することを防止するためのフィルターに関するものであり、その特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、別紙(二)の特許公報(以下「本件公報」という。)の該当項記載のとおりである。

(三) 本件発明は、次の構成要件から成るものである。

<1> 多数のフィルター孔が形成された蓋部と、

<2> 同蓋部の外周から突設したスカート状の挿入部とより構成し、

<3> 同挿入部先端部はその基端部よりも外方へ広がるように形成するとともに、同挿入部にはその先端部側から一個以上のスリットが切り込み形成され、弾性的に収束可能になっている、

<4> 土砂流出防止用排水フィルター。

(四) 本件発明は、次の作用効果を奏する。

(a) フィルターの挿入部は、その弾性力に抗して押し込まれることにより、排水孔内周面に対して緊密に密着される(本件公報第三欄第三〇ないし第三三行)。

(b) 砂利層を介して水とともにU字溝の排水孔内に流入する土砂は、フィルターの蓋部により排水路内への流出が防止され、水のみが排水路内に流出する(本件公報第三欄第三六行ないし第四欄第三行)。

(c) さらに、排水路内の排水量が多くなってU字溝の排水孔から排水が逆流した場合にも、フィルターの挿入部が排水孔の周壁に緊密に固定されているため、フィルターが排水孔から離脱することはなく、また、排水路内の排水に含まれる土砂がU字溝の排水孔内に入ることはない(本件公報第四欄第四ないし第九行)。

(d) フィルターが簡単にU字溝の排水孔に対して取り付け固定ができ、その取付作業を簡便化することができる(本件公報第四欄第二四ないし第二六行)。

2  被告の製品

(一) 被告は、別紙(一)イ号物品目録記載の土砂流出防止用排水フィルター(以下「イ号物品」という。)を製造、販売している。

(二) イ号物品の構成要件は、次のとおりである。

(ア) 多数のフィルター孔が形成されたフィルター部と、

(イ) 同フィルター部の外周からフィルター表面と平面に一体的に形成されたツバ部とから構成され、

(ウ) 同ツバ部は、基端部から先端部にかけて次第に薄くなり、その先端部から八個のスリットが切り込み形成され、

(エ) フィルター部の下面から下方に四本の足部が突設されている、

(オ) 土砂流出防止用排水フィルター。

3  イ号物品は、本件発明の技術的範囲に属する。

(一) 本件発明とイ号物品の前記各構成を比較すると、本件発明の構成要件<1>と<4>とイ号物品の構成要件(ア)と(オ)は、いずれも実質上差異はない。

(二) 本件発明の構成要件<2>とイ号物品の構成要件(イ)を対比すると、本件発明では蓋部の外周から突設したスカート状の挿入部を形成しているのに対し、イ号物品では同フィルター部から外周方向へ突設したツバ部が形成している点に差異がある。また、本件発明の構成要件<3>とイ号物品の構成要件(ウ)とを対比すると、本件発明では、挿入部先端部はその基端部よりも外方へ広がるように形成するとともに、同挿入部にはその先端部側から一個以上のスリットが切り込み形成され弾性的に収束可能になっているのに対し、イ号物品では、ツバ部にはその先端部から八個のスリットが等間隔に切り込み形成され、排水孔に挿入したときにツバ部がその挿入方向と反対方向に折れ曲がり、スカート状となって弾性的に収束可能になっている点に差異がある。しかしながら、次に詳述するように、右構成の差異は実質的なものではなく、本件発明とイ号物品の構成に技術的な差はない。

(1) ツバ部を折り曲げた状態での使用

イ号物品をU字溝の側壁に設けられたテーパー状の排水孔に挿入すると、別紙(三)第1図のようにU字溝の排水孔に対して足部を先にして挿入した場合においても、同第2図のようにU字溝の排水孔に対して足部を後にして挿入した場合においても、いずれも、挿入した初期の段階ではフィルター部の側方に突設したツバ部は、排水孔の周壁に当接するが、さらに強くイ号物品を挿入方向に押圧すると、スリットによって分割されたツバ部は、その基端部で挿入方向と反対側に折れ曲がり、排水孔の周壁に密接する。この状態のツバ部は、排水孔の周壁に沿うように密接するため、スカート状になる。また、このように折れ曲がったツバ部は、自身の弾牲により排水孔に密接するから、イ号物品は、排水孔に挿入した使用状態において、そのツバ部が、フィルター部の外周から突設したスカート状の挿入部を形成することになる。さらに、イ号物品は、同じ使用状態では、前記のようにツバ部の外周縁部が基端部よりも外方へ広がるように形成されるとともに、同ツバ部に八個のスリットが切り込み形成さて、その外周縁部が弾性的に収束可能になっている。

そうすると、イ号物品は、本件発明の構成要件<2>及び<3>をも充足し、本件発明の前記(a)ないし(d)の作用効果をすべて奏するものである。

(2) ツバ部を折り曲げない状態での使用

イ号物品は、ツバ部を折り曲げないまま排水孔に挿入すると、ツバ部の外周縁部が排水孔内局面に当接するだけで、フィルターが排水孔に密着しないため、施工時にU字溝を叩いたり、バールを使用して設置位置の移動調節をしたりするとき、あるいはU字溝の外側へ土砂を埋め戻すときなどに外れて倒れてしまい、フィルターの役目を果たさないから、ツバ部を折り曲げないで排水孔に挿入することはありえないものである。

(3) イ号物品の構成要件(エ)について

イ号物品のフィルター部に形成されている四本の足部は、合成樹脂から成り、フィルターと一体に細く形成されて可撓性を有し、指で触れるだけで簡単に曲がってしまうもので、その数も四本であるため、前記のようにフィルターのツバ部を折り曲げないで排水孔に挿入した際に充分な密着機能を有しないものであることが明らかである。

(三) イ号物品は、右に指摘したように、通常ツバ部を折り曲げて使用されるものであるから、未使用状態ではツバ部がスカート状を形成していないとしても、本件発明の技術的範囲に属し、本件特許権を侵害するものである。

4  原告の損害

(一) 被告は、昭和六一年一月からイ号物品を販売し、利益を得ているが、昭和六一年一月から昭和六二年六月まではいわゆる試験販売期間であるので、その間の販売に関しては損害賠償から除外する。

(二) 被告は、昭和六二年七月から平成二年五月までの三五か月間に、イ号物品を三四八万一九〇〇個販売し、その販売額は七六二万円、利益額は七六万一〇〇〇円である。これを一か月平均にすると、販売数は九万九四八二個、販売額は二一万七七一四円、利益額は二万九三一四円となる。

(三) 被告は、平成二年六月以降もイ号物品を製造、販売しているところ、右実績からして、少なくとも一か月に二万九三一四円の利益をあげていることは明らかである。そうすると、平成二年六月から平成三年七月までの一四か月間の被告の利益額は、四一万〇三九六円であり、さらに、被告は、平成三年八月一日以降も一か月当たり二万九三一四円の利益を得ていることになる。

5  よって、原告は被告に対し、本件特許権に基づき、イ号物品の製造、販売及び販売のための展示の差止め、イ号物品、半製品及びその製造のための金型の廃棄、並びに特許法一〇二条の規定により、前記被告の利益を原告の損害とみなして、昭和六二年七月一日から平成三年七月三一日までの損害金一一七万一三九六円及びこれに対する平成三年八月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金と、平成三年八月一日以降イ号物品の製品、半製品、金型の廃棄まで一か月金二万九三一四円の割合による損害賠償金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3の事実は否認する。

3  同4の事実について、昭和六一年一月以降平成二年五月末日までの各月別の販売数量及び販売価額は別紙(六)のとおりである。なお、被告は、イ号物品の射出成形金型の製作に一二〇万円を費やしており、また、右金型を除くイ号物品一個当たりの製作経費は一円九七銭(内材料費四四銭二工賃九六銭、荷造運賃一六銭、水道光熱費その他一般管理費四一銭)であるから、各決算期別の収支は別紙(七)のとおりであり、現時点においても利益はない。

三  被告の主張

1  イ号物品のツバ部を折り曲げて使用することはイ号物品の通常の使用状態ではない。

(一) 原告の主張は、本件発明の要旨とイ号物品とを対比するのではなく、本件発明の要旨とイ号物品の使用される際に生ずる一つの態様とを対比するものであって、特許法上採用できないものである。すなわち、原告は、イ号物品のツバ部を折り曲げないで挿入することは有り得ないと主張するが、イ号物品は、ツバ部を特に折り曲げることなく普通の入力を以て排水孔に挿入しても、それだけで十分にブネルターが排水孔に密着し、外れたり緩んだりすることはない。

(二) 原告が主張するように、例えばハンマー等を使ってツバ部が折れ曲がるほどの強い力を加えることも理論的には可能であるが、こうした使用方法は現実的ではなく、むしろ、そのようにツバ部を折り曲げると、排水孔に挿入した際の密着の強さが落ちる。また、イ号物品は、硬質ポリエチレン製で、柔軟性を有しないから、ツバ部を無理に折り曲げると、弾性的な復元力を有しないばかりか、場合によってはツバ部が弾性不足の故に欠落しかねない(もし折り曲げることを予定しているのであれば、柔軟性のある合成樹脂を用い、ツバ部の基端部を先端部より薄く形成するなどして折り曲げやすくしだはずである。)。これを要するに、原告が主張するような使用方法は、イ号物品にとっては異常な使用方法であるというほかない。

2  本件発明を構成するスカコト部に該当するものは、イ号物品には存在しない。

(一) 本件発明における密着の原理は、別紙四第1図のとおり、スリットが入ったスカート部の側面が排水孔の内面を押して密着するものである。これに対してイ号物品は、同第2図のように、ツバ部が立った状態で、その先端が排水孔の内面と接触して密着する(排水孔は、コンクリートでできていて、その内面がザラザラしており、その細かな凸凹部分にツバ部の先端が食い込んで密着する。)から、その原理を全く異にする。

(二) イ号物品のツバ部のスリットは、ツバ部の各部分を最も良く排水孔の内面と密着させるため、それらが各部分毎に独立して排水孔内面の凸凹部分に食い込めるように設けられたものである。すなわち、イ号物品の外周も排水孔の内周面も完全な円ではなく、若干歪んでいるから、ツバ部の先端をそのまま排水孔の内面に接触させると、ツバ部の外周全体ではなく、その内の二、三の点での接触しか起こらない。これでは、密着の強度を上げることができないが、ツバ部にスリットを入れると、ツバ部の先端が、ある部分は大きく、ある部分は小さく湾曲して排水孔の内面と接触し、イ号物品の外周と排水孔の内周面の径のずれを調節し、もって、ツバ部の周全体が排水孔の内面全体と接触できるようになるのである(同様の趣旨でスリットを設けたものは、本件発明以前から周知である。)。

(三) 本件発明におけるスカート部は、排水孔との摩擦力によりフィルターを保持しようとするものである。そのことは、本件明細書の発明の詳細な説明の項に、「U字溝2の排水孔3のテーパー角度よりも大きい斜状にかつスカート状に突設した挿入部7」(第三欄第一三行ないし第一五行)と記載され、さらに、「挿入部7には適宜間隔を置いて先端部から蓋部6に向かう複数のスリット7aが切り込み形成され、挿入部7に弾性的な復元性を持たしている」(同欄第一八行ないし第二一行)、「挿入部7の蓋部6から先端までの高さは排水孔3に取りつけられた祭に安定するように二〇ミリ~五〇ミリ程度にしている」(同欄第二一行ないし第二三行)と記載されていることから明らかであり、こうした記載によると、本件発明は、スカート部をかなりの程度長くして、スカート部と排水孔との摩擦力でフィルターを保持しようとするものであり、右スカート部は、弾性的な復元力を生ずるように排水孔の内周面に密着するものである(本件明細書第五図参照。)。これに対してイ号物件のツバ部は、前述したように、とくにテーパーを調整してあるわけでもなく、スリットの故に弾性的な復元性を有してもおらず、長さも僅か二ミリ~三ミリである上、材質も硬質ポリエチレン性であって、ツバ部を排水孔の内周面に密着させるほどに折り曲げることは、イ号物品の材質形状からも極めて困難であって、たとえたわんだとしても本件発明の効果を果たすわけではなく、本件発明にいう挿入部(スカート部)に当たらない。

四  右主張に対する原告の反

1  イ号物品については、原告の主張する取付方法と被告の主張する取付方法のいずれも可能であって、被告主張の取付方法によるときは、本件発明の構成要件を備えないとしても、原告主張の取付方法によることがイ号物品の取付方法としてより自然であって、それにより本件発明の作用効果をあげ得る以上、イ号物品は本件発明の技術的範囲に属するものである。

2  本件公報に実施例として記載された原告製品とイ号物品とが排水孔に係止される状態を力学的に分析すると、別紙(五)第一図、第二図のとおりである。このように、両者は、排水孔内に係止される作用が全く同一であり、単にツバ部の長短、ツバ部が予めスカート状に形成されているか、挿入することによりスカート状を成すかの点が相違するだけである。そして、右の相違により係止力に強弱があるものの、係止状態においてツバ部が屈曲してスカート状を成していることは同一である。

被告は、本件発明を構成するスカート状の挿入部について、弾性的な復元力を生じるように排水孔の内周面に密着するものであると主張するが、挿入部(ツバ部)が弾性的に収束可能であることが構成要件であると言えても、フィルターが排水孔の内周面に密着することは構成要件に含まれていない。被告は、ことさらに実施例の記載、時に本件明細書の第五図の記載に拘泥して、本件発明の技術的範囲を限定解釈しようとしているにすぎず、被告のこの主張は、発明の詳細な説明又は図面に記載された実施態様(実施例)のみに限定して特許請求の技術的範囲を定めてはならないとする実施態様不拘束の原則に反するものである。

本件特許発明の構成要件であるスカート状の挿入部について、これをいわゆる詳細な説明参酌の原則に基づいて解釈するとのれば、弾性的な復元力を生ずるようにするためのものであると解釈すべきである。そして、イ号物品は、ツバ部がたわむことにより排水孔の内周面に係止されているから、このツバ部が弾性的な復元力を生するために備えられているもので、本件発明のスカート状の挿入部に該当することは明らかである(実際の使用状態において、このツバ部がスカート状を呈していることは、その明白な証拠である。)。

第三  証拠

証拠関係については、本件記録中の証拠に関する目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1及び2の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、イ号物品が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて検討する。

1  前記争いのない事実と、成立に争いのない甲第一号証、証人鈴木孝夫の証言により平成元年四月一三日に新潟県南蒲原郡栄町の県営圃場整備事業大和地区工事現場及び同現場で使用されていたイ号物品を撮影した写真であると認める甲第六号証の一ないし一〇、第七号証、証人荻原健の証言により成立を認める乙第一〇号証、検甲第一号証、検乙第一ないし第四号証、証人鈴木孝夫、同荻原健の各証言及び検証の結果並びに弁論の全趣旨を併せると、次の事実が認められる。

(一)  イ号物品は、コンクリート製U字溝(以

下「U字溝」という。)等の側壁に透設された排

水孔に取り付けて、排水孔に土砂等が流出するこ

とを防止するために用いられる土砂流出防止用排

水フィルターであり、本件発明と技術分野を同じ

くするものである。

(二)  土砂流出防止用排水フィルターを排水孔

に取り付ける方法は、手で挿入する方法、ハンマ

ーなどで叩いて挿入する方法及びY字型等の治具を用いて押し込む方法などがあるが、右フィルターは、取り付ける数が多いため、実際の工事現場で取り付けられることはほとんどなく、通常はU字溝を工事現場に運び込む前に工場内で取り付けられている。そして、このことは、イ号物品においても同様であり、工場から工事現場にトラック等で運んだり、工事現場でU字溝を設置する際に振動や持ち運びによって取り外れることのないように、挿入のために右のいずれの方法を用いるにせよ、あらかじめ工場内において、イ号物品ができるだけ脱落しないように相当の力を加えてこれを排水孔に押し込んだ上、工事現場に運ばれているのが常態である。そのため、実際に排水孔に取り付けられたイ号物品は、その多くがツバ部が挿入方向と反対方向に折れ曲がっている。

(三)  検証における測定結果によると、イ号物品を棒状の突起部を先にしてU字溝のテーパー状の排水孔に挿入したとき(以下この向きの挿入を「正方向の挿入」という。)の力と、これを押し離すのに要した力は、次のような対応関係にある。

挿入したときの力 押し離すのに要した力

二kg 三・四kg

四kg 六・五kg

六kg 三・九kg

一〇kg 六・六kg

次に、イ号物品を右と逆向きにして同様にテーパー状の排水孔に挿入したとき(以下この向きの挿入を「逆方向の挿入」という。)の力と、これを押し離すのに要した力は、次のような対応関係にある。

挿入したときの力 押し離すのに要した力

二kg ほとんど〇kg

四kg 〇・四kg

六kg 〇・二kg

一〇kg 三・四kg

さらに、イ号物品のツバ部を先端から根元までほぼ同じ厚み(約六ミリメートル)にしてスリットをなくした原告の試作品(検甲第一号証。以下「試作フィルター」という。)を同様にテーパー状の排水孔に正方向で挿入したときの力と、これを押し離すのに要した力は、次のような対応関係にある。

挿入したときの力 押し離すのに要した力

二kg 〇・四kg

四kg 〇・八kg

そいて、イ号物品につき、右挿入時のツバ部のたわみ具合を見分すると、ツバ部が挿入方向に向かって折れ曲がっており、挿入時の力を一〇キログラムに設定したときを例に見ると、その根元部分ではコンクリート部分との空間を残しながら、そのかなりの部分がコンクリート部分に密着していることか認められる。

2  右事実によると、イ号物品は、ツバ部が折れ曲がっていることが通常の使用形態であると認められる。この点について原告は、イ号物品は、  ポリエチレン製である上、ツバ部の基端部を先端部より厚くして折れ曲がりにくくしてあるから、挿入時の力が強すぎるとツバ部が折れてしまい、土砂流出防止用フィルターとしての用をなさなくなるとして、ツバ部が折れ曲がるような使用形態は、イ号物品の通常の使用形態でない旨主張するが、前記認定のとおり、イ号物品は、排水孔に挿入するためにハンマーや治具が用いられることがあるにしても、人力で挿入されているもので、前掲各証拠によると、現実に使用されるに当たって、ツバ部が折れてしまうほどの使い万はされていないことが認められるから、被告の右主張は採用できない。

3  ところで、特許発明の技術的範囲を判断するに当たっては、原則として特許請求の範囲に記載されたところを基準とすべきであって、特許請求の範囲の記載が抽象的であるとか、あるいは、そこで用いられている技術用語が熟しないものであってその特許請求の範囲か不明瞭であるような場合に、発明の詳細な説明を参酌すべきものである。

これを本件についてみると、特許請求の範囲に記載されているスカート状の挿入部とは、スカートという用語自体、腰から下を覆う筒状の婦人服として、その概念が比較的明らかであるのに加え、右特許請求の範囲におけるスカート状の挿入部に係る「蓋部から突設した」との修飾語及び右挿入部の説明である「先端部はその蓋端部よりも外方へ広がるように形成する」との文言に照らすと、右挿入部が筒状で裾広がりの形状であることを意味するものとして、発明の詳細な説明を参酌するまでもなく、特許請求の範囲からその内容は明らかであるといえる。そうすると、本件公報の実施例の記載中に、フィルターのツバ部全体が排水孔内周面に密着する図面(本件公報第五図)が存するとしても、右実施例の記載は、特許請求の範囲を限定する意味を持つものではなく、被告の主張する「フィルターが排水孔内周面に密着すること」は本件発明の要件に含まれないものといわなければならない。

4  そこで、このことを前提にして考察すると、前記認定のとおり、イ号物品の蓋部の外周方向へ突設されたツバ部は、実際の使用状態において、短いものではあるが、円筒状で先端部が外方へ広がる裾広がりの形状を成している。そして、イ号物品がU字溝側壁のテーパー状の排水孔に逆方向に挿入されたときには、その側壁との係止力が劣ることからすると、イ号物品におけるスリットの機能は、別紙(五)第二図左側の実線のような形状でフィルターが排水孔内部に静止するようにツバ部を折り曲がらせることにあると認められる。被告は、このスリットの機能について、排水孔内部が完全な円ではなく、ゆがみがあることから、ツバ部を直立のまま排水孔に接着させるためのものであると主張するが、逆方向に挿入されたときとの対比やスリットがなくてツバ部が折れ曲がることのない試作フィルターとの比較からすると、イ号物品が排水孔内に留まっているのは、ツバ部が折れ曲がることによるものと認められるので、被告の右主張も採ることができない。

5  そうすると、イ号物品は、前記請求原因1(三)の各構成要件をすべて充足し、前記請求原因1(四)記載の各作用効果を奏するから、本件特許権を侵害するものといわなければならない。

三  進んで、原告の損害について判断する。

1  弁論の全趣旨によると、昭和六一年一月から平成二年五月までの間の被告のイ号物品の販売数及びその販売額が別紙(六)のとおりであること(昭和六二年七月から平成二年五月までの販売数が三四八万一九〇〇個で、その販売額が七六二万円であることは当事者間に争いがない。)、金型を除く一個当たりの経費が一円九七銭であること及び金型の製作費が一二〇万円であることが認められる。そこで、被告の利益額を算出するには、販売額から販売個数に一・九七を乗じた経費及び金型の減価償却費を減じなければならないところ、本件イ号物品は硬質ポリエチレン製品であるから、その加工のための設備である金型については、耐用年数を八年とするのが相当である(減価償却資産の耐用年数等に関する省令一条一項二号別表第二の三〇七)。そうすると、定率法による償却率は、年〇・二五〇であるから(同省令四条一項別表第一〇)、昭和六二年七月から平成二年五月までの各決算期毎の減価償却額は、別紙計算書<1><2>のとおりであり、したがって、右期間の被告の利益額は、別紙計算書<3>のとおり三一万三二九二円と認められる。

2  次に、平成二年六月以降本件口頭弁論終結時である平成三年九月二五日までの被告の利益額は、直近三年間の利益を基に算出するのが相当であるから、昭和六二年七月から平成二年五月までの三五か月間の一月当たりの平均利益額八九五一円(小数点以下四捨五入)に基づき、平成二年六月から平成三年九月二五日までの二七か月と二五日間の利益額を二四万九一三六円と認める。

3  原告は、将来請求として、右口頭弁論終結後別紙(一)イ号物品目録記載の製品、半製品及びその製造のための金型が廃棄されるまでの損害の賠償をも求めているが、右損害は、被告のイ号物品の販売高により容易に変動し、その額をあらかじめ一義的に認定することができないものであるから、この請求部分は、将来の給付の訴えにおける請求権としての適格を有しない。

四  結論

以上の次第で、原告の請求は、被告に対して別紙イ号物品目録記載の製品の製造、販売、販売のための展示の差止め及び同目録記載の製品、半製品、その製造のための金型の廃棄並びに金五六万二四二八円及びこれに対する平成三年九月二五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金のめる限度で理由があるから認容し、口頭弁論終結後の損害賠償の将来請求分を却下し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田志 裁判官 三宅俊一郎 裁判官 浅見健次郎)

別紙(一)

イ号物品目録

第1図及び第2図記載のとおり、外形が円形状に形成されたフィルター部内に多数のフィルター孔が格子状に形成され、フィルター部から外周方向ヘツバ部が突設され、同ツバ部は基端部から先端部にかけて次第に薄くなりその先端部から八個のスリットがほぼ等角度置きに切り込み形成され、フィルター部の先端面周縁において九〇度間隔を置いて四つの棒状の突起がフィルター孔の透設方向と同一方向に延びるように設けられた、土砂流出防止用排水フィルター。

第1図

<省略>

第2図

<省略>

別紙(二)

<19>日本国特許庁(JP) <11>特許出願公告

<12>特許公報(B2) 昭62-23127

<51>Int.Cl.4E 02 B 5/00 11/00 E 03 F 5/04 識別記号 庁内整理番号 6548-2D Z-7505-2D 6541-2D <24><44>公告 昭和62年(1987)5月21日

発明の数 1

<31>発明の名称 土砂流出防止用排水フイルター

<21>特願 昭59-255964 <65>公開 昭60-181413

<22>出願 昭56(1981)8月8日 前実用新案出願日 用 <43>昭60(1985)9月17日

<72>発明者 入来院 正巳 岐阜市日光町8丁目39番地

<71>出願人 入来院 正巳 岐阜市日光町8丁目39番地

<74>代理人 弁理士 思田博宜

審査官 外山邦昭

<51>特許請求の範囲

多数のフイルター孔が形成された蓋部と、同蓋部の外周から突設したスカート状の挿入部とより構成し、同挿入部先端部はその基端部よりも外方へ広がるように形成するとともに同挿入部にはその先端部側から1個以上のスリットが切込み形成され弾性的に収束可能になつていることを特徴とする土砂流出防止用排水フイルター.

蓋部の直径は排水孔の最小径とほぼ同一に形成したことを特徴とする特許請求の範囲第1項に記載の土砂流出防止用排出フイルター.

発明の詳細な説明

技術分野

この発明はU字溝等の側壁に透設された排水孔に取着される土砂流出防止用排水フイルターに関するものである.

従来技術

従来、土木工事において道路両側、法面等に構築される排水路または側面に第6図に示すようなU字溝10が敷設されることがおつた.すなわちU字溝10の両側及底に砂利を敷いて周囲の水をU字溝10内へ導入するための複数の円錐台形状の排水孔12(通常、径は25mm~100mm程度)がU字溝10側壁10a下部に1列状に透設されたタイプのものである.

さらに、この排水孔12に対してはU字溝10外の土砂が水とともにU字溝10内に流出するのを防止するためフイルター13が取付けられていた.

このフイルター13は第6図に示すように有蓋円錐台状をなす本体15頂部には網目状のフイルター部14が形成されるとともに、本体15基端部には係止フランジ16が突設されていた.そして、同フイルター13は前記U字溝10の外側から排水孔12内にそのフイルター部14が挿入され、係止フランジ16が側壁10a外面側に凹設された係止段部17に対して接着剤にて接着されることにより固定されていた.

ところが、前述のようにフイルター13がU字溝10の排水孔12に対して接着剤により固定されるため、接着剤の塗布作業やU字溝10の排水孔12に係止フランジ16を嵌合させるための係止段部17を作る必要があり、そのためU字溝10の型取り作業に余分な手間がかかつたり、フイルター13の排水孔に対する取付作業が複雑化する問題を生じていた.

目的

この発明の目的は前述のような問題を解消してフイルター13を簡単にU字溝の排水孔に対して取付け固定ができ、その取付作業を簡便化することができる土砂流出防止用のフイルターを提供することにある.

実施例

以下、この発明を具体化した一実施例を第1図~第5図に従つて説明する.

1は道路両側、法面等に構築した排水路であつて、多数のコンクリート製のU字溝2を互いに連結することにより構成されている.3はU字溝2の両側壁2a下部にそれぞれ複数個1列状に透設された排水孔であつて、側壁2aの外面から内面に向かつて縮径するテーパ状になつている.なお、この実施例において4はU字溝2の周囲に配設された砂利層である.

次に、このU字溝2の排水孔3に取付けられる有弾性の合成樹脂からなるフイルター5について説明する.

のフイルター5は前記排水孔3の最小径(側壁2aの内面に開口のする側の径)と同一の径を有する円形の蓋部6と蓋部6の周縁から前記U字溝2の排水孔3のテーパー角度よりも大きい斜状にかつスカート状に突設した挿入部7とからなり、全体が有蓋円錐台形状に形成されている.そして、前記蓋部6には複数のフイルター孔6aが形成され、また挿入部7には適宜間隔を置いて先端部から蓋部6に向かう複数のスリット7aが切込み形成され挿入部7に弾性的な復元性をもたしている.なお、挿入部7の蓋部6から先端までの高さは排水孔3に取付けられた際に安定するように20mm~50mm程度にしている.またスリット7aの数は一つ以上おれげ良い.

前記のように構成されたフイルター5をU字溝2に取付けるには、排水路1を構築する前にU字溝2の排水孔3に対しその蓋部6をU字溝2の内方に向けて側壁2a外面側から蓋部6が側壁2aの内面と面一になるまで挿入する.すると、排水孔 が中に入るほど縮径しているため、フイルタ の挿入部7はその弾性力に抗して押込まれることにより排水孔3内周面に対し緊密に密着される.

このように緊密にフイルター5が固定されたU字溝2を第1図のように連結して排水路1を構築した場合、砂利層4を介して水とともにU字溝2の排水孔3内に流入する土砂はフイルター5の蓋部6により排水路1内への流出が防止され、水のみが排水路1内に流出する.

さらに、排水路1内の排水量が多くなつてU字溝2の排水孔3から排水が逆流した場合にもフイルター5の挿入部7が排水孔3の周壁に緊密に固定さているため排水孔3から離脱することはなく、また、排水路1内の排水に含まれる土砂が排水孔3内に入ることはない.

この発明は前記実施例に限定されるものではなく、挿入部に切り込むスリット7aの数を変えたり、フイルター5の蓋部6の径をU字溝2の排水孔3の中間位置の径に合わせてフイルター5を同位置にて固定し得るようにする等この発明の趣旨から逸脱しない範囲で任意に変更することも可能である.

効果

以上詳述したようにこの発明は多数のフイルター孔が形成された蓋部と、同蓋部の外周から突設したスカート状の挿入部とより構成し、同挿入部先端部はその基端部よりも外方へ広がるように形成するとともに同挿入部にはその先端部側から1個以上のスリットが切込み形成され弾性的に収束可能になつていることによりフイルターが簡単にU字溝の排水孔に対して取付け固定ができ、その取付作業を簡便化することができる効果を奏する.

図面の簡単な説明

第1図はこの発明の一実施例の排水路を示す斜視図、第2図~第4図は同じくこの発明を具体化したフイルターのそれぞれ正面図、右側面図及び略中央端面図、第5図はフイルターをU字溝に取付け固定した状態の要部断面図、第6図は従来例を示す斜視図である.

6…蓋部、7…挿入部、7a…スリット.

第1図

<省略>

第2図

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第3図

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第4図

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第6図

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第5図

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別紙(三)

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別紙(四)

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別紙(五)

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T:摩擦係数

N:垂直抗力

F:排水孔から抜り出ようとする力

別紙(六)

昭和61年1月~平成2年5月売上数、価格表

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別紙(七)

決算期ごとの収支計算

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△=損失

別紙計算書 <1>

金型の減価償却費

<省略>

(小数点以下四捨五入)

別紙計算書 <2>

各決算期ごとの金型の減価償却費

(減価償却費) (決算期)

<省略>

(小数点以下四捨五入)

別紙計算書 <3>

<省略>

利益の算出方法=販売額-販売数×1個あたり経費-金型の減価償却費

特許公報

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<省略>

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